カーネル・サンダースから学んだこと PART1

■今日の質問「あなたは常識にとらわれて、自分の可能性を低く見積もっていませんか?」 

------------------------

 

こんにちは。みらい創世舎の森泰造です。

 

・もう9月。早いですね。1年の6割以上が過ぎてしまいました。あと4か月しか今年は残っていません……。

 

・まだ9月です。まだ6割しか過ぎていません。4か月も残っているのでいろんなことにチャレンジできそうです。

 

前回もお話ししましたが、パラダイム(物事の見方、捉え方)は人によって違います。このパラダイムをコントロールできる技術を手に入れると、みなさん人生は幸せに楽しく過ごすことができます。

私のリーダーシップセミナーでは、このパラダイムを変える体験をしていただくことを一つの大きな目的としています。(これまで受講されたみなさんには内緒にしていましたけれど……)

 

というのは、私自身がパラダイムを変えることで、自分の人生を変える経験を数多くしてきたからなのです。

 

その私のパラダイムを変えた人で、私のメンターでもあるカーネル・サンダースを今日は紹介します。

ご存知ケンタッキー・フライド・チキンの生みの親であり、私が大学卒業後、日本KFCホールディングス(株)に入社した決め手となった人物です。

 

彼は小学校しか出ていませんが、様々な体験をしてケンタッキー・フライド・チキンを世に出しました。

10歳で農場で働きだしたのを皮切りに、車掌、軍隊、機関車修理工、ボイラー係、機関助手、保線区員、保険外交、フェリー経営などの職を経て、40歳でガソリンスタンドを経営。そこにレストラン「サンダース・カフェ」を併設し、一人息子の死を乗り越えて繁盛させ、ついにはケンタッキー州に貢献した人に与えられる「ケンタッキー・カーネル」という名誉称号をもらうまでになります。

 

しかし、その後火事でレストランは焼失。彼は大きなレストランを再建し、そこを繁盛させますが、バイパス道路が近くに建設されたことにより大打撃を被り、ついにはレストラン経営から撤退せざるを得なくなり、店も資産も失ってしまいました。

 

このとき彼は65歳。カーネルサンダースの大成功劇は、じつはここからなんです。自分のレストランの人気商品だったフライドチキンのオリジナルレシピを使ってくれる新たなレストランを探し、彼は各地へ営業活動に赴きました。一説によると1000件のレストランを回ったともいわれています。門前払いも数多くありました。また、せっかくうまくいきそうになってもオリジナルレシピを変えることを求められるケースもありましたが、彼は自分の大切なレシピを守ろうとしない経営者には頑として売りませんでした。

 

そんな活動を続けているうちに、彼の共感者が生まれ、そして大きなビジネスへと発展していくのです。65歳のカーネルが自分の年齢も顧みず、夢を追って妥協せずに協力者を探していく物語に、私はいつも魅了されます。

 

「カーネルが65歳から始めて成功したんだから、少なくとも65歳まではいつでもスタートをきれる」と自分に言い聞かせ、「俺ももうトシだ」という仲間の声を聞けば、いつもカーネルの話をして叱咤激励していました。

 

これも、ひとつのパラダイムなんですね。

 

私は最近では、自分は120歳まで生きると決めました。以前は「人生は80年だろうな」と考えていたので、40歳を境に人生は後半戦という思いがありました。

しかし、今は120歳まで生きるのが当たり前というパラダイムに変えましたので、私はまだ人生の折り返し地点にも至ってない若造です。

このパラダイムがあるおかげで、私の体力は年々落ちるどころか、定期的な運動を欠かさないことによって増強されています。すると、自分の可能性もどんどん広がっていってるんです。

 

人生は時の積み重ね。

良い時間を積み重ねるためにも、自分のパラダイムを考え直すのは大切なことではないでしょうか。

 

あなたは常識にとらわれて自分の可能性を低く見積もっていませんか?

 

コメントをお書きください

コメント: 1
  • #1

    森翔平 (日曜日, 02 10月 2016 21:29)

    すごい勉強になります