恐怖症の原理

今日の質問「嫌なことって、それ自体がまるですべてかのように思えませんか?」 

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こんにちは。

あきらめかけている人をあきらめない人にするコーチ・森泰造です。

 

毎日を過ごしていると、いいことも悪いことも起きますね。

自分の状態が良くない時に嫌な出来事が起こったりすると、それがまるで人生のすべてかのように思ってしまう人がいます。

 

実は私もその傾向が強い人でした。今は身の回りに起こることはすべて自分へのフィードバックと考えられるようになったので、嫌な出来事に頭を支配される時間は極端に少なくなりました。

仮に感情的に嫌な気持ちになったとしても、すぐ元に戻すチャレンジをします。

 

でも、恐怖症の人は違います。

そのこと自体がすべてだと思い(正しくは思いこみ)、それ以外のことは考えられなくなるのです。

 

先日、自動車事故に遭遇して以来、車に乗ることが怖くなったという方のお話を聴く機会がありました。

事故に遭遇したことがよほどショックだったのでしょう。「車=事故になるのでは」の不安と恐怖で頭が支配されてしまい、運転することが恐怖になってしまっていらっしゃいました。

 

これは「犬が怖い」という思い込みと構造的によく似ています。

犬が怖いという人は過去に犬に吠えられた経験があるか、またはテレビなどの映像で小さいころびっくりした経験があるから、「犬=怖いもの」の図式が脳に刷り込まれます。

 

では、犬が怖いという人は、犬の前で毎回毎回吠えられているかというと、決してそうではありません。

犬を間近で見た時に、勝手に「この犬は私に向かって吠える」と思い込んでいるのです。

人間は心の衝撃を繰り返すことによって、思い込みが刷り込まれます。

ですので、犬を見るたびに吠えられることを想像して、どんどん犬恐怖症を自ら強化していくのです。

 

先ほどの運転することが怖くなっていた方も、同様に車に乗るたびに同じ恐怖を思い出していました。

でも、最初に車の運転免許を取ったときや、事故にあう以前に車に乗って楽しくドライブしていた時のことは、私が質問するまで考えられなかったそうです。

車を運転することが楽しかったころのことを、思い出すよう質問を続けると、だんだん笑みがこぼれてくるようになりました。

 

ここから先は、毎日自分で車の運転を楽しくすることを想像することを継続して考えて頂きます。これで、「車=恐怖」が100%だったイメージが少しずつほどけていければ、以前のように運転できるようになる日も近づいてくるでしょう(受けた衝撃が強すぎた場合には、医師の診断など他の処方と合わせ総合的に解決する必要があります)。

 

嫌なこと、特に心理的なインパクトが大きいことに出会うと、それがすべてと思いがちです。そんなときは、誰かの力を借りてでも事実をじっくり観察してみることをお勧めします。

 

あなたは、嫌なことがあったら、それがあたかもすべてかのように思い込んでしまう時はありませんか?